0.エピローグ

僕は基本的に、一人の人間に対して、大きな関心を寄せないようなタイプの人間だった。
あまり他人の中に立ち入る事をよしと思わなかったし、自分からそういう他人の事情を知ろうともしなかった。もちろん、知りたくもなかったという事もあったのだろうけど。
今となっては考えてみれば、それは多分、他人と付き合えば付き合うほど、何かが複雑に絡み合って、いつかは解けない程に混ざり合ってしまう事に対しての、恐れだとか、不安だとか、きっとそういうものがあったからなのだろうと、思う。
だから僕が親しく付き合うのは、司くらいだったし、それ以外の人達を接する事もあっただろうけど、長く深く接することは、決してなかった。
その事に対して、僕自身、納得しているところもあって、どこか物足りなさを感じる事もあった。
けれど、その不安定な気持ちや考えが、僕の中でしっかりと、静かに、揺らぐ事なく落ち着く事は、決してなかった。
だってそれは、不確かなものを完全なものだと、自らの中で偽らなければいけないことだったから。
彼女も、それを進んでしようとは思っていなかっただろうと、今になって思うことがある。
だからこそ、彼女だけは特別な存在として、僕の中に居続けたのだろうけれど。


当時の僕らは、目に見えないものを、心から信じる事が出来ず、よくその事について話し合ったものだった。
大人達が平気で「夢を語れ」と言う事に対して、大きな嫌悪感や、苛立ちを覚えた事もあった。
そうして、そうした思いを二人で共有して、またお互いに話し合って。
そんな日常が、僕達はたまらなく幸せだったのだろうと思う。
それこそ、目に見えないものに溺れているのだと、誰かに笑われるかもしれないけれど、やはり、その頃の僕達にとって、その時間というのは、そういうものだったのだろう。


なんで自分の気持ちなのに、自分で理解する事が出来ないのか。


そう、彼女に聞いたことがあった。
彼女がそれに何と答えたのか、もうそれは僕の記憶の中から抜け落ちてしまっていて、再び思い返すことが出来るのは、いつかどこかで彼女に会う日くらいだろう。
その程度の記憶でしかないわけでなく、それほどの記憶が、有り余るほど、僕の記憶には納まらないほどの、膨大で莫大な思い出が、その頃の僕達には確かに存在していたのだ。
けれど、その質問の答えは、きっと僕もその返答を期待していたんだと思う。
もちろん、不安や焦りに、期待を上塗りして。
そして、その不安や焦りには、気づかないふりをして。


僕らは僕らを知るために、お互いに知り合ったはずだった。
少なくとも、最初の接触はその為だったはずだ。
僕達は多くの事を学んで、調べて、考えて、知った。
もちろん彼女も。
僕達の関係は、周りから見れば不思議な関係に見えたのかもしれない。
司に言わせれば、付き合っているようにも見えたのかもしれない。
けれど、その頃の僕達に、そんな気持ちはなかったし、そんな気持ちがどんなものかも知らなかったから、返答する事に対して、たいした抵抗も感じなかった。
それに、彼女もそう思っていたに違いない。
だから、僕達はそのままの関係でいられたのだから。


あの頃は、世界の全てが不安定で、不自然で、不明瞭なものに見えていた。
知ることが、理解することが全てだと、頑なに信じて、信じずにはいられない為に、そうしていた。




そして、僕と彼女は出会った。




いま、どこか、ここじゃない、遠い場所で。
彼女は生きている。
けれど、僕はその場所を知らない。
もちろん、彼女も僕がいるこの場所は、知らない。
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